JA1HMK RON's BLOG

旧「我輩はロンである」

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月命日

早いもので、今日が初月命日です。

今朝も薬師様にお参りし、ロンの事をお願いしてきました。

境内の銀杏の紅葉(黄葉?)がかなり進んでいました。少し遅いかな・・?
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薬師池公園内の薬師茶屋で休憩し、甘酒のみながらロンと一緒に来たときのことを思い出してました。
P1000292.jpg


一月になるのですが、未だに癒えません。
特に、最後横に居てあげられなかった・・というのが悔いとなって未だにひいています。
それと、最後は本当に苦しまなかったのだろうか・・?というのも、引っかかっていることです。

特にXYL(家内)は、当日ぎっくり腰で病院にも行けなかったことを酷く悔やんでいるようです。

最後に病院で死なせてしまった!・・と言うのは、結局親の責任で(入院させたので)誰のせいでもないのですが正直、心に引っかかっています。

それで、という事でもありませんが家内がどうしても気になる!・・とのことで、ロンの臨終のとき夜間担当の先生に数日前電話して聞いてみました。

それによりますと、先生が担当した
・10月28日夜~夜間の先生は21時から担当なので、その時刻位?は、寝ていて声をかけたらこちらを向いていた。
 特に異常は無かった。体温 37度(普通は38度前後なので少し低い??)
(親の思い~親と離れると寂しがって激しく泣くはずなのに、やはり元気は無かったのかと思う・・)

・この間の情報はなし!
(多分、夜間診療の対応でよく観察は出来ていないと思われる)

・10月29日 5時30分ごろ
 少し頭をプルプル(痙攣?)させていて、よく観るとゆっくり眼振が確認できた。

・同 6時ごろ(と思われる)
 手足がプルプル(痙攣)してきて眼振も強くなってきた。体温 35度(低い!)

・同 6時35分ごろ
 痙攣が酷くなってきたので、痙攣抑制剤を少し(通常の1/4)注射したら痙攣は治まるも呼吸が徐々になくなってきた。⇒電話で通知した。(6時40分頃と思う)

<以下、杉 の行動>
・6時45分ごろ車で自宅出発

・7時10分ごろ病院到着
 夜間の先生から、早出の先生(水野先生)に代わっていてその先生が心臓マッサージをしていただいていた。
 (まだ身体は、温かかった!)
・7時25分ごろ、これ以上やっても蘇生は無理と判断し、先生に心臓マッサージの中止をお願いした。

・看護師さん(浅沼さん)が「身体を綺麗にしてあげますので少しお待ちください!」とのことでお願いし待機。

・(正確ではないが)8時ごろ棺に入ったロンを受け取り自宅に向かった。

・(正確ではないが)8時30分ごろ、ロンの自宅に到着

<親の正直な思い>
・前夜(28日)の21時以降、本当に問題なかったのか?
・5時半の段階で、連絡してほしかった・・・
・7時少し過ぎに親が着いたのに(おそらく10分前まではいたはずの夜間の先生は)なぜほんの少し残って状況を説明してくれなかったのか・・?

等々、思うところはあるのですがこれ以上言ってもロンが生き返る訳ではなく・・・

今しばらく、辛い日が続きます。
 
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